読み切り短編ドキュメント

「Hello!一斉飲茶」


From山下町【by大顔仔】

  新宿が「不夜城」なら、さしずめ「不老街」ともいうべきこの山下町。中華街のあるこの町、山下町は幕末の昔から「日本の中の外国」、今も国際都市の最前線。おかしくもあり、楽しくもあるこの町の中国料理店の厨房(ちゅうぼう)から、国際化のあれこれをご報告。

 話は10年前、あのころは今が旬の携帯電話や衛星放送やインターネットなどという言葉とは無縁のアナログの時代であった。 これは招聘されて初めて日本にやって来た香港師傅(しふ/親方のこと)とのドキュメントである。私もまだ駆け出しでもちろん彼らとのやり取りは日本語*英語*広東語*紙に書いた漢字のちゃんぽんである。

 私がおかずのコロッケを真っ黒けにすると彼らは「oh クッキー」とのたまうし、エビを揚げて火の通りが甘いと「おいおい、さしみじゃねえよ」と、愛のスパルタ教育を受けたりもしたが、一方、彼らの部屋に遊びに行くと、天井にあいうえお五十音が張ってあり、こいつら本気で日本にやって来たなと感心したものであった。

 今ではだれもが知っている「XO醤(エクスオージャン)」、「知ッテル?」と聞かれた。「ペケまる?」と思いながら尋ねると、口にげんこつを当てて「ブランデ、ブランデ」と叫ぶ。カラオケがはやっていたので、石原裕次郎の『ブランデーグラス』が好きなのかと思った。

 そうではなくてブランデーのXOのことだと、しかも材料にブランデーを使っているわけではなく、最高級の素材を用いているからXOだと言う(中国4000年の歴史ある好奇心!)。

 私がそこまで理解するのに時間がかかったので、この師傅には、ぼろくそに言われたものだが、あとで彼に『夢芝居』の日本語読みを「あんぽんたん」と教えて、彼が後日スナックで拍手喝采されたということは、ここだけの話にしておく。

そんな彼らと、日本、香港どこで会ってもあいさつはまず「Hello!一斉飲茶」。

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