かれこれ7、8年前、中国に留学していた私は、冬休みに南方を旅行したことがある。その時に訪れた昆明は東南アジアの雰囲気が強い雑然とした印象で、その中で雑貨店の棚に不可解な物体が並んでいたのを覚えている。薄い紙で包まれた丸かったり四角かったりする重いもの。「茶」と印刷されているが、これは一体なんなのか……。
昆明は雲南省の省都。南国ではあるが標高の高い都市であるため、一年中暑くも寒くもなく「春城」と呼ばれる常春の街…のはずだったが、04年11月に訪れた昆明はコートが欲しいような寒さだった。東京から広州を経由し、飛行機の遅れなどで10時間以上かかった。再びこの地を訪れたのは、日本にいると得体の知れない「普 茶」を知るため、昆明郊外で催行された「普 茶フォーラム」に参加するためなのだった。
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風光明媚な 池のほとり
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8年ぶりの昆明は、大きなビルが立ち並ぶ立派な都市になっていた。かつての細々とした商店は一体何処へ行ったのか。フォーラムの行われた 池のそばには豪華な別荘が建ち並ぶ。
普 茶の普及と発展を主題に掲げたフォーラムには、日本・韓国・マレーシア・フランスなどからちょっぴりの参加者と、普 茶の生産現場に近い人たちがたんまりと参加していた。国籍はさまざまだが、普 茶に対する情熱は皆なみなみならぬものがある。主催者側の予定は80名だったのに、集まってみたら3百名。だれも皆、雲南普 茶の正しい知識を得ようと、あるいはこれからその知識を広めていこうと一生懸命なのだ。
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ところで普 茶といえば。ほとんどの人が想像するのは黒茶といわれ、かび臭のある茶だろうか。中には餅茶や沱茶といわれる固形の茶や、ヴィンテージ普 茶なんてものを知っている人もいるだろう。ダイエットにいいとか、中性脂肪を減らすだとか言われるが、それは果たしてどの状態の普 茶のことなのだろう。なぜならば「雲南普 茶」の原型はほとんど緑茶だからだ。カビ臭はもちろんなく、色も淡い緑〜黄色のような色で、木の皮のような、あるいは良く干した草のような香りだ。日本で普 茶といえばいわゆる黒茶を指すが、これは緑茶に香港や広東でわざわざ菌をつけて発酵させた茶(熟茶)が輸入されるからで、もともとの普 茶はほぼ緑茶という状態(生茶)である。日本ではこれがほとんど知られておらず、「余りにも知られていない」ということを今回改めて感じた。なにせ日本に出回っている中国茶の書籍には生茶を紹介している本がないくらいだ。今回のフォーラムでは科学者・研究者の方々が普 茶の健康に対する効能をはじめ、普 茶の偽物と本物の見分け方、そして分類方法までさまざまな意見を述べられた。いずれも「まだまだ本格的な研究はこれから」という話だったが、フォーラムが回を重ねるごとに新たな事実が発表されることだろう。
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レンガ形の普 茶磚
(昆明の製茶工場で) |
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昆明の街中で極上の普 茶を売っている【今雨軒】という茶荘に行った。昆明市内に普 茶を扱う店は数々あれど、扱う茶の質の高さでは知る人ぞ知る名店である。茶を淹れる技の美しさ、表現力を競う茶芸コンテストで数々の賞を持つ茶荘の娘、劉 さんがおり、幸運なことに彼女の手で茶を淹れてもらうことができた。使われるのは金庫から出てきたヴィンテージ普 茶だ。菌をつけたのではなく、50年以上の自然発酵により黒く変質した茶は、驚いたことに強い香りを持たない。ただ、そのねっとりと濃厚な、水飴のような滑らかさが喉をすべり落ち、ほのかな余韻を残す。烏龍茶ならば残香が湯呑みに残りそれもたのしみの一つなのだが、この普 茶はほとんどまったく残香がない。良い普 茶を語る言葉は「安静」なのだそうだ。確かに、華やかなのではない、美味いのでもない、この歴史を重ねた奥ゆかしい味わいを他になんと表現すればいいのか。なぜ年を重ねた茶はこんなにも静かになるのだろう。
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果たして私は、昆明で普 茶を知ることができたのだろうか。まったく、学生時代の自分には想像もつかなかったろう、店先の不可解な物体にかかわる身になって昆明を再び訪れることになろうとは。今、私は立川の中国茶専門店【悟空】でその茶を紹介する側に立っている。それでもやっぱり、わからないことだらけで謎のままなのだと、昔の自分に耳打ちしてみたいものだ。
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