長距離列車の旅

松崎千草(在中国・コンサルティング会社勤務)

イラスト/浅山友貴

 数年前、私が北京に来て間もない頃、国慶節の連休を利用して新疆ウイグル地区のウルムチに列車で1人旅することにした。中国には年に3回ほど連休がある。春節と呼ばれる旧暦の正月、5月1日の労働節、10月1日の建国記念日に当たる国慶節を祝うもので、学校や企業はそれぞれ1週間程休みになる。連休には都市に出稼ぎに来ている人々や、都市の大学で学んでいる学生たちが、一斉に帰省する。国慶節は旅行シーズンの秋でもあり、旅行する者も少なくない。飛行機なら数時間で着くが、料金が列車の数倍するため、中国では出張でさえ列車を利用することも普通である。

 私の1人旅はチケットを購入するところから始まった。私はウルムチ行きが出発する北京西駅に、出発4日前の発売初日に買いに来た。私のほしかった「硬臥」と呼ばれるシートは初日で売り切れてしまうこともあると聞いたからだ。中国の長距離列車のシートには「硬座」「軟座」「硬臥」「軟臥」の4種類ある。「座」というのは椅子座席のことで、「臥」が寝台のことである。そして「硬」「軟」は座席や寝台の硬さのことで、もちろん「軟」の方がグレードが高く値段も高い。北京からウルムチまで48時間ほどかかる。椅子座席で2泊はさすがに辛いので、寝台の中でも特に値段の安い「硬臥」に人が集中する。お値段は609元(日本円で約9千円)。

 案の定駅は人で埋まっていたが、1時間も並ばずにチケットを購入することができた。 
 
 さて出発当日。乗車が始まると、我先にと乗車口に人が突進する。指定席なのに皆が我先にと目掛けるのはもちろん座席ではない。そう、これは通路の上の網棚、つまり荷物の置き場所を確保するためなのだ。

 硬臥は1つの仕切りに3段ベッドが向かい合わせに並び、計6つのベッドがある。私は右側の上段だ。ちなみに上段、中段、下段でも料金に差があり、下段は625元と最も高い。

 さて、列車の中ではやることがない。食べるか、寝るか、おしゃべりするか、トランプするか…。私の向かいのシートの人は中国人といってもウイグル族だそうで、肌は白く、髪の毛は薄い茶色、話す中国語も欧米人が話すようなアクセントだ。彼がトランプをやろうと、私も含めて近くの数人を誘った。そう、これがこの長距離列車旅行の楽しいところである。初対面の人とも交流できるのだ。トランプをしながら、日本のことや彼の郷里であるウルムチ、もう1人の参加者の郷里である敦煌など、話に花が咲く。そしていつの間にか仲良くなり、ウイグル族の彼は私にウイグル語の歌をうたってくれる。もう1人のおじさんは給湯装置まで行ってカップラーメンのお湯を私の分まで入れてきてくれる。遂にはみんな「うちにおいでよ。」なんて誘ってくれる。とても数時間前に初めて会ったとは思えない。

 確かに列車は旅行のメインではない。ただの移動だ。それでも短時間で着く飛行機では味わえない経験とすてきな出会いがそこにはある。

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