香(シャン)/発酵する |
昔、H君という北京に留学した人が「花茶(ジャスミン茶)は、まずいお茶を香りでごまかしたものだ」と言ったことがあった。でも、それは味ばかり重視する発想だと今は思う。中国茶は香りを楽しむものでもあるからだ。まして花茶は香りが第一。 数年前、北京の茶館で、かなり高価なジャスミン茶に挑戦したところ、味は淡いのに、香りときたら、花の香りを凝縮した濃厚なものだった。香りを湯気とともに吸い込むと、精神がさえざえするという感じで、日本で考えるお茶とは別の飲み物。清新な「気」を吸収して、気持ちが新しく生まれ変わるようで、朝、気功をした後のような充足感が残る。 香りがよいことを「香(xiang)」と言い、料理でも「おいしい」と同じ意味で使うが、これはただ味のよさを言うのではなくて、そのお茶や料理からあふれ漂う「気」の鮮烈さを誉める言葉だと思う。それは舌の満足だけでなくて、体や精神の気の充実につながっていく。烏龍茶でも香りは大切で、高価な中国茶をいただく時、わざわざ空にした茶杯から香りだけを味わったりする。香りが際立つ花茶のような烏龍茶もある。小さな茶杯からは、熱い湯気を含んだ香りの滝が降り注ぎ、清冽な水しぶきを浴びたような心地よさ。 H君のように感性の乏しかった私も、最近中国茶を通じて、その味わいの奥行きや、「香」という言葉の意味が少しわかったような気がする。 〈浅山友貴〉 |